五分後のことさえわからない
運というものは、恩恵にあたいする善行の人には一顧もしないで・・・
かえって世間がもてあましている大悪人などに、自分のポケットを平気ではたいてしまうようなことを、しばしばするのです。
たしかに、そいつはわたしたちの知っている誰かに会うために、ちょくちょくやって来るか、あるいは、めったにやって来ないか、はっきりしませんが・・・
万一やって来たとしても、そのあらわれ方はきわめてだしぬけで、そして来たかと思えばアッというまに飛び去ってしまう。
要するにわたしたちは、だれでも一様に常に或る種の不確実さに面しているわけです。
そういった偶然や運に関しては、わたしたちは明日の何たるかを知らず、否、一時間後、あるいは五分後がどうであるかをさえ知り得ないという事実を、率直にみとめねばなりません。
思うに実在とは、わたしたちが小賢しく規定しやすい必然の法則によってのみ量り知る程度の、そんな浅墓なものでなく、偶然という量り知れない大きな神秘がわたしたちを取り巻いているのです。